創業ストーリー
デザイナーが紙袋と向き合い続けた理由
長年、デザイナーとして箱や紙袋のデザインに関わってきた私は、ある矛盾に悩んでいました。それは、紙袋といえども工業製品です。ロット5000枚以上、機械のサイズによる制限、限定された紙の種類——様々な制約の壁があることです。
「もっと自由に、もっと美しい紙袋を作ることができないか?」。
そんな想いを抱きながらも、クライアントの要望に応えようとするたびに「それは作れません」「ロットが足りません」と工場に言われる日々でした。
震災という転機
2011年、東日本大震災。世の中が暗くなり、私たちの仕事もすべて停止しました。
「このままでは終われない」
絶望の淵で考えました。世の中が暗い今だからこそ、デザイナーとして何かできることはないか。世の中やお店を盛り上げるためには、形あるものが必要だ——。そこで思い至ったのが、長年フラストレーションを抱えてきた「紙袋」でした。
中小規模のお店は、大ロット前提の既存メーカーには相手にされていません。でも、美しい紙袋があれば、お店のブランド価値は高まる。世の中を少しでも明るくするために、紙袋やパッケージのサービスを作れないか——。
幸いにも、私は震災前から海外工場を持つブライダル用紙加工メーカーのデザインコンサルを担当しており、上海工場を度々訪れていました。中国の生産状況を理解していた私は、大きな企業向けだけではなく、中小のお店のニーズを満たせる可能性があると確信していました。
頼み込んで、その大阪のメーカーに小ロット生産をお願いしました。本来1万枚単位で製造するメーカーにとって、フルオーダー1000枚は異例中の異例です。それでも、職人気質の社長は私の熱意に押され、「一緒にやってみよう」と言ってくれました。。
別れと出会い
サービス開始の準備が整いましたが、ここで大きな問題が起きました。デザイナーに憧れて集まった10年来のスタッフたちが、紙袋通販という新事業に反発し、全員退社したのです。同じデザイナーとして、彼らの気持ちが痛いほど理解できました。でも、「生き残らなければ、何も始まらない」。その現実を受け入れるしかありませんでした。
全員が去った後、一人のスタッフが入社してきました。彼は専門学校の講師時代の教え子で、デザイナーでありながら根気よく顧客対応ができる稀有な才能の持ち主でした。「先生が本気でやるなら、僕も一緒に頑張ります!」。その言葉が、どれほど私を救ったかわかりません。
クレームとの闘い、そして成長
ベリービー立ち上げ当初は3件に1件、クレームが来ました。それでも、私たちは誠実に対応し、小さなロットや特注品に慣れていない上海工場に通い詰めて品質改善に取り組みました。将来のビジネスパートナーとなる中国人女性の工場長に、日本市場の状況と私たちのビジョンを根気よく伝え続けました。
同時に、4年間毎日、紙袋デザインのブログを書き続けました。デザイナー目線で「この紙袋のデザインがなぜ美しいのか」を純粋に語る——。それが強力なSEO対策となり、集客力が高まっていきました。
事業は軌道に乗りましたが、徐々に競合が増え、SEO対策だけで集客できずネット広告が必要となり運営コストが嵩むようになりました。そこで私たちはオペレーターの数を増やして繊細な顧客対応の充実に力を入れることでCVR(成約率)を高める努力をしました。また、簡単におしゃれな紙袋がデザインできるように自由に選べるデザインテンプレートの開発に力を入れました。
デザイナーでも難しい発注、ならばエンドユーザーは?
事業が成長する中で、私はある気づきを得ました。デザイナーとして顧客に提案していても、紙袋の製造知識がないと発注が難しく、発注までに数ヶ月に渡るやり取りが必要だったのです。紙の種類、印刷方法、加工技術——専門用語が飛び交い、イメージを形にするまでの道のりは険しいものでした。
「デザイナーでも難しいなら、エンドユーザーの悩みはもっと大きいのではないか?」
その気づきが、ベリービーの次の進化を生みました。フルオーダーだけではなく、デザイナーによる簡単オーダー商品の企画を始めたのです。イメージの湧きやすいサンプルを豊富に用意し、直接専門デザイナーに悩みを相談できるショールームを設立しました。
デザインや印刷知識がなくても、楽しくパッケージを発注できるサービスにしたかったのです。「紙袋を作る」という行為が、お店のオーナーにとって楽しい体験になるように——。それが、私たちの目指すサービスでした。
最大の賭け、そして新たな挑戦
2020年、コロナ禍と同時に最大の製造委託先が倒産。製造拠点を失いました。渡航もできない状況で、私は20年来のパートナーである前述の中国人女性に、新工場設立のため1000万円を送金しました。20年来の信頼関係があったからこその賭けでした。工場立ち上げはなんとか成功しましたが、管理ノウハウがない。そこに古くからの友人が経営に加わり、彼の海外工場経営の経験を活かして生産管理を担当してくれました。
しかし再び逆境が訪れます。上場企業やAmazonが参入し、市場は激戦区に。私たちは再び「逆張り」で応えました。大手がシステム化の合理化路線なら、自分たちはお客様と直接対話を選ぼうと、東京、大阪にショールームを立ち上げたのです。実際に紙袋を手に取り、対話を通じて提案する。競合が増えるほど、「会って話せる」という価値が際立つと考えました。
その後も、私たちは訪問提案とショールーム対応を強化。単なる「紙袋を売る会社」ではなく、「ブランドを表現するパッケージを一緒に考えるパートナー」へと進化しました。
そして今、次の一手として「スマートパッケージ」を開発中です。私は、パッケージはメディアであると考えています。ネット広告は瞬間で消えますが、紙袋は1年以上手元に残り、街を歩き、ブランドを運ぶ。ROIは10倍以上です。QRコードやNFCでデジタルと連携し、パッケージという物理的メディアとデジタルマーケティングを融合させる——。これが私たちの考える次世代のパッケージです。
何度も壁にぶつかり、何度も立ち上がってきました。
でも、その全てが今のベリービーを作っています。
私たちは、お店のブランディングを、パッケージというメディアで表現し、共に成長していくパートナーです。